著作権×AI実践ハンドブック

AI生成物による著作権侵害リスクと企業の実務対応:国際比較と責任の所在に関する法的考察

Tags: AI著作権, 著作権侵害, 企業法務, リスク管理, 国際法務, 生成AI, 学習データ, 責任の所在

導入:AIと著作権侵害リスクが企業法務に突きつける課題

近年、生成AI技術の急速な発展は、コンテンツ制作のあり方を大きく変革しています。テキスト、画像、音声、動画といった多岐にわたるAI生成物が日常的に利用されるようになり、その利便性と創造性は計り知れません。一方で、この技術の普及は、既存の著作権法体系との間に新たな摩擦を生じさせています。特に、AI生成物が意図せず既存の著作物と類似し、著作権侵害の疑いを招くケースが顕在化しており、企業法務担当者や知財担当者にとって喫緊の課題となっています。

本記事では、AI生成コンテンツが引き起こす著作権侵害のリスクについて、法的論点を深く掘り下げ、国内外の最新動向を比較しつつ、企業が実践的に取り組むべきリスク管理策と、責任の所在に関する法的考察を提供いたします。単なる法制度の解説に留まらず、具体的なケーススタディや検討ポイントを提示することで、読者の皆様が法的意見書や社内ポリシーを作成する際の具体的な指針となることを目指します。

AI生成物における著作権侵害の法的構成要素

AI生成物による著作権侵害を議論する際、現行の著作権法が定める侵害の要件がどのように適用されるかを詳細に検討する必要があります。主な論点は「依拠性」と「類似性」の判断、そしてAI生成物の「著作物性」の有無です。

依拠性の判断:AIの学習プロセスと間接依拠の可能性

著作権侵害が成立するためには、複製や翻案といった行為が、既存の著作物に「依拠」して行われたものであることが必要です。人間の創作活動においては、既存著作物を認識し、それを利用して自己の作品を創作する意思が「依拠」の主要な要素となります。しかし、AIの場合、その学習プロセスは人間とは異なり、膨大なデータを機械的に処理することで行われます。このAIの学習プロセスが、既存著作物への「依拠」に該当するか否かが重要な論点となります。

類似性の判断:表現の類似とアイデア・表現二分論

次に、AI生成物が既存の著作物と「類似」しているか否かという問題があります。これは、著作権法における「アイデアと表現の二分論」に基づいて判断されるべきです。

AI生成物の著作物性と侵害判断への影響

AI生成物自体の著作物性の有無も、著作権侵害の議論に影響を及ぼします。現在、日本の著作権法においては、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義されており、この「創作」の主体は人間であると解釈されています。したがって、AIのみが生成したコンテンツは著作物と認められない可能性が高いとされています。

しかし、AI生成物に人間の創造的寄与がある場合(例:詳細なプロンプトの設計、生成された複数の候補からの選択・修正、ファインチューニングにおける人間の介入など)、その人間の寄与部分が著作物性を有すると判断され、その著作権が人間に帰属する可能性があります。

この点が著作権侵害にどう影響するかというと、例えば、あるAI生成物が既存著作権を侵害していると判断された場合、そのAI生成物自体が著作物性を有するか否かによって、侵害による損害賠償額の算定や、差止請求の範囲に影響を与える可能性も考慮する必要があります。

ケーススタディ(想定例)

  1. 特定の画風を模倣したAI画像生成:

    • あるAIが、特定の有名画家の膨大な作品群を学習データとして取り込み、その画風を忠実に再現する画像を生成しました。このAIに「〇〇(画家名)風の風景画」とプロンプト入力し生成された作品が、その画家の既存の作品と極めて酷似している場合、著作権侵害が問題となります。
    • 法的論点: AIの学習プロセスにおける依拠性、生成された画像の表現の類似性。もしプロンプト入力者が具体的に特定の作品を指示していた場合、その指示者の著作権侵害意図も問われうるでしょう。
  2. 既存キャラクターを模倣したAI生成:

    • 人気アニメのキャラクター画像を大量に学習したAIが、そのキャラクターの特徴を捉えた新たな画像を生成しました。この画像が元のキャラクターと高い類似性を示し、一般的な消費者が両者を混同するレベルであれば、著作権(複製権、翻案権)侵害が成立する可能性があります。さらに、キャラクターの商業的価値を保護するパブリシティ権侵害も問題となりえます。
    • 法的論点: 依拠性、類似性、元のキャラクターの著作物性、パブリシティ権。また、商用利用目的の場合、不正競争防止法との関連も検討されるべきです。

責任の所在と法的責任の範囲

AI生成物による著作権侵害が発生した場合、誰がどのような法的責任を負うのかという問題は、企業にとって非常に重要です。責任主体としては、AIの開発者、AIの提供者(サービスプロバイダ)、そしてAIの利用者(プロンプト入力者を含む)が考えられます。

AI開発者、AI提供者、AI利用者それぞれの責任

職務著作との関連と責任

企業が従業員にAIを利用させてコンテンツを生成させた場合、そのAI生成物が著作権侵害となった際の責任は、原則として企業が負います。日本の著作権法における職務著作の規定(著作権法第15条)は、法人等の発意に基づき、その法人の業務に従事する者が職務上作成する著作物の著作者を法人等とするものです。AI生成物も、人間の創作的寄与があれば著作物と認められる場合があり、その著作者は法人となるため、著作権侵害責任も法人に帰属することになります。

損害賠償と差止請求

著作権侵害が認定された場合、侵害者は被害者に対し、損害賠償責任を負い、また侵害行為の差止請求を受ける可能性があります。AI生成物のケースでは、損害額の算定が困難となる場合もあり、今後の判例の蓄積が待たれるところです。

国内外の法的動向とガイドライン

AI生成コンテンツに関する著作権問題は、世界中で議論されており、各国で法整備やガイドラインの策定が進められています。国際的な動向を理解することは、グローバルに事業を展開する企業にとって不可欠です。

日本の動向

米国の動向

EUの動向

その他の主要国の動向

中国、英国、カナダなどでも、AIと著作権に関する議論が活発に行われており、それぞれの国の著作権法体系や政策に基づいて、独自のガイドラインや法改正の検討が進められています。企業は、国際的な事業展開において、これらの各国の法制度の違いを詳細に把握する必要があります。

企業における実践的ガイドラインとリスク管理策

AI生成コンテンツによる著作権侵害リスクは、企業の法的リスク管理において無視できない要素です。ここでは、企業がAI生成コンテンツを利用・開発する際に遵守すべき具体的なリスク管理策と社内ポリシー策定のポイントについて解説します。

AI利用ポリシーの策定と社内統制

企業内でのAI利用を統制するためには、明確なAI利用ポリシーの策定が不可欠です。

契約戦略と利用規約の設計

AI開発者、AI提供者、AI利用者間での契約は、責任の所在を明確にする上で極めて重要です。

著作権侵害リスクアセスメントの実施

定期的にAI生成コンテンツの著作権侵害リスクアセスメントを実施し、潜在的なリスクを評価し、対応策を講じることが重要です。

著作者人格権・パブリシティ権への配慮

著作権侵害だけでなく、AI生成物が個人(特に実在の人物)の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権など)やパブリシティ権(肖像の商業的利用権)を侵害するリスクも考慮すべきです。

法務実務家が考慮すべき検討ポイント

法務実務家がAI生成物に関する法的意見書や社内ポリシーを作成する際、以下の点を具体的な検討ポイントとして活用できます。

  1. AI生成物の著作物性評価:

    • 当該AI生成物に人間の創造的寄与があるか。どのようなプロンプトが使用され、どのような選択・修正プロセスを経たのか。
    • 生成物の表現が既存著作物から独立した新たな創作と評価できるか。
  2. 学習データの適法性確認:

    • 学習データの出所は明確か。著作権処理済みデータか、権利制限規定(著作権法第30条の4など)の適用範囲内か。
    • 特定の著作物を意図的に含め、その表現を模倣する目的で利用されていないか。
  3. 著作権侵害の構成要件の適用可能性:

    • AIの学習プロセスが依拠性に該当しうるか(間接依拠の可能性)。
    • 生成されたコンテンツと既存著作物の間に、表現の類似性が認められるか。アイデアと表現の二分論に照らして判断。
  4. 責任の所在の明確化:

    • AI開発者、AI提供者、AI利用者の各主体が負うべき法的責任の範囲。
    • 社内でのAI利用の場合、職務著作の適用と企業の責任。プロンプトエンジニアの関与度合い。
  5. 契約・規約におけるリスクヘッジ:

    • AI提供者との契約における学習データの保証、著作権侵害時の補償条項の十分性。
    • 自社サービス利用規約におけるユーザーの責任範囲と免責条項の有効性。
  6. 国際法務コンプライアンス:

    • AI生成物が利用される各国の著作権法、AI規制法案、関連ガイドラインへの適合性。
    • フェアユース原則やデータマイニング例外など、各国の権利制限規定の適用可能性。

結論:AI著作権法務の未来と専門家の役割

AI生成コンテンツが引き起こす著作権侵害リスクは、今後も複雑化・多様化していくことが予想されます。法務専門家としては、単に現行法を解釈するだけでなく、AI技術の進展、国内外の法改正や判例の動向を常に注視し、その変化に即応できる体制を構築することが求められます。

企業は、AIの利活用における法的リスクを正確に評価し、実効性のあるリスク管理策を策定・実施することが、法的コンプライアンスの維持と持続可能な事業成長のために不可欠です。本記事で提示した法的考察と実践的ガイドラインが、皆様の企業におけるAI著作権法務の戦略立案の一助となれば幸いです。今後も「著作権×AI実践ハンドブック」では、最新の情報を提供し、法務専門家の皆様の業務をサポートしてまいります。